こんにちは。フリーランスという生き方を始めて6年の鈴木笑里です。
前回はフリーランスとして走り始めた頃の下積み期間について書きました。
力を付けるため、生活のために自分がやりたくない仕事もやらなければならない上に、選考にも落ち続ける辛い日々を送っていました(笑)
今回は仕事が軌道に乗ってきた転機と、
その後、仕事の流れが好転していったことについて書いていきたいと思います。
突如訪れた仕事の転機
喫煙所で声を張り上げてタバコの説明をしたり、街中で口臭予防タブレットのサンプルをばら撒いたり、イベント会場で列整備やチラシ配りをやったり・・・。
決して楽ではない下積み経験を続けていましたが、フリーランス1年目(大学卒業後1年目)の夏に転機が訪れます。
芸能事務所に所属することになったのです。
これまで書いてきた「事務所」というのは、「登録制の派遣の会社」のことでした。
新しく所属が決まった「事務所」は、マネージャーがタレントとしてしっかり面倒を見てくれる「芸能事務所」です。
会社に来た仕事を回してくれるだけではなく、自分の為に仕事を取ってきてくれるというのが大きな違いです。
このようにちゃんとプロフィールまで作ってHPに載せてくれています。
実は、今までもいくつかの事務所からお声がけいただく機会はありましたが、フリーランスの道を貫いてきました。
しかし、今回の事務所への所属を決意したのは、なりたい自分により近付ける気がしたからです。
この事務所に出会えたのは、知り合いの知り合いの知り合い(遠い?(笑))がここの社長を紹介してくれたことがキッカケでした。
「夢はポケモンの仕事をすることです」と常に語っていたら、知り合いがどんどん人を紹介し繋いでいってくれたのです。
ちなみに紹介の大元の方は私がお祭りのヒロインを務めた時(過去記事参照)に来賓として来られていた方で、その方主催の新年会に参加した際に映画監督の方をご紹介していただき、その映画監督の方が某大企業のイベントやポケモンのイベントでMC(司会者)をされている方をご紹介してくださったのです。この方は今では大尊敬する先輩となりました。
そしてこの凄腕MCの方が仕事の発注元である芸能事務所の社長を直接ご紹介してくださり、何度か社長面談を重ねました。
…という経緯です。
夢を口にし続けることの大切さと人と人のつながりの大切さを実感した出来事でした。
新しい挑戦
同じくこの時期(2016年7月)に、また一つ新しい挑戦をしました。
ポートクイーン千葉(千葉県親善大使・前身はミス千葉)のオーディションです。
館山市観光大使に選んでいただき1年が経とうとしていた時だったので、引き続き地元に貢献したいという思いから公開オーディションに挑戦しました。
書類選考を通って当日この会場に来ていたのは30人くらいだったと記憶しています。
結果、合格。
地元に対する愛がどんどん強くなっていってるのを実感していました。
実は、前回の伏姫(館山市観光大使)のオーディションは初めての経験でビビっており(笑)正直賭けに近い感覚だったのですが、
今回のオーディションは取りに行ったものでした。
「ポケモンの仕事と、地元に関わる仕事がしたい。」
自分の中の目標が固まった時期でもあります。
ここから急に仕事の質がアップ
新卒1年目、2016年8月。半年とちょっとの期間、フリーランスで頑張ってきましたが、ここからは事務所所属のタレントとして仕事を管理してもらうことになりました。
事務所に入りマネージャーが付くということは、鈴木笑里の価値を高める為に指導してくれたり、鈴木笑里の為の仕事を取ってきてくれたりすることを意味します。
チラシ配りなどの「誰でもいい仕事」から、「鈴木笑里に出てほしい仕事」に変わったということです。大きなイベントでステージに立たせてもらえる機会も増え、仕事内容の質がどんどん上がっていくのを感じました。
具体的には、東京ゲームショウ・東京おもちゃショー・東京ギフトショー・次世代ワールドホビーフェア・JAPAN IT WEEK などの大規模な展示会でMC・ナレーターとして喋らせてもらったり、
某企業の専属司会者として数々の幸せなご夫婦を見守らせていただいたり、
地元(千葉県館山市・南房総地域)のイベントに毎回お声がけいただけるようになったり。
経験と経歴と実績と人脈が次の仕事を呼び込んでくれる好循環を作ることが大事なんだなぁと。
この頃から、喋りのプロとしての仕事を胸を張ってできるようになったという実感がありました。
また、司会者としてでなく、鈴木笑里というタレントとしてのお仕事依頼が増えてきた時期でもあります。
鈴木笑里のラジオ番組を持たせていただいたり、
東京駅で流れる観光地のPR動画に出演させていただいたり、
小学館『BE-PAL』のご当地マドンナとして掲載していただいたり、
モデルとして出演させていただくようなイベントも増えていきました。
今まで自分がやりたい内容とは遠い案件も、経験や経歴を作る為と思ってやってきましたが、やりたいことができる時間が増えていきました。
また、演技の勉強や動画配信の経験などもさせてもらい、できることが広がったのは事務所の心強いサポートのお陰だと感謝しています。
芸能事務所に所属したのは大正解でした。
「ポケモンの仕事をしたい」という目標
私が初めてステージ上で喋ったのは、自分が企画したポケモンのイベントでした。
ポケモンから始まったこともあり、「いつか公式のポケモンのイベントで仕事をしてみたい」という夢をずっと抱いていました。
事務所に所属したことで、その夢が実現したのです。
有り難いことにマネージャーが親切に面倒を見てくださったので、少しずつ夢に近付いていくことができました。
今では両手でも数え切れない程のお仕事をさせていただいており、とても幸せです。
新たな悩み…同年代の友人との価値観の違い
時系列は戻りますが、実は、就活が始まり内定を貰い始めたあたりから、同じ大学の友達と話が合わないと感じ、悩む時間が増えていきました。
続きます。
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