子供の学びは“見たまま作戦”──9歳のレッスンから見えた世界の受け取り方

はじめての9歳の生徒との出会い

私は日本語教師として幅広い年代を受け入れているが、たまに子供のレッスンを依頼されることがある。

メインの生徒は成人なので、子供のレッスンは新発見の宝庫だ。今日もひとつ学びがあった。

初めて予約してきたのは、ウクライナ出身の9歳の女の子。

日本語はまったく話せない。この子だけでなく家族も全員英語話者で、日本に旅行をするために学びたいという。

日本が大好きだと言う割には、「こんにちは」すら知らなかった。正直「大丈夫かな」と不安に思った。

今まで私が教えてきた中でも、トップレベルに日本語を知らない生徒だったからだ。

しかしそれは、すぐに杞憂だとわかった。

「未成熟」という思い込みが覆された瞬間

実は私は、これまで子供を文字通り「未成熟」だと考えていた。

物事の意味を深く考えることができず、論理的思考力も育っていない。成長とともに「完成形」に近づくのだと捉えていた。

しかし今日の女の子を見て、その認識は誤りだと気づいた。

私が「繰り返してね」と指示すると、その子は完璧にトレースして返す。「わたしは 9さい です」。うん、上手。

次に「わたしの ねこは 2さい です」。これも素晴らしい。

成人の生徒であれば、ここで必ず「『わたしは』と『わたしの』はどう違うのか?」と質問してくる。

優秀な人ほど理屈を知りたがる。それ自体は素晴らしいことだ。

だが、この女の子は細かいことを気にせず、すべてをそのまま受け入れていた。

そして、みるみるうちに簡単な文章を組み立てられるようになった。

子供は“見たまま”世界を受け取る

少し前の私なら、文法に興味を持たない態度を「未成熟」と見なしただろう。

しかし「未成熟」であることは強みでもある。

理屈によって定義するのではなく、物事をあるがままに受け取るからだ。

子供の言語習得が早いのは、世界をそのまま、あるがままに受け取り処理しているからだと思わされた瞬間だった。

ここで、便宜上名前をつけておく。

ルール作戦=先に仕組み(文法や用語)を理解してから使う。
見たまま作戦=まずは耳と口で“そのまま”まねする。リズムと音感で文を立て、意味やルールはあとから乗せる。

今日の女の子は、見たまま作戦の典型だった。

言語学習に絶対はない

ちなみに、私は圧倒的にルール作戦を好んでいる。普段からルールや法則によって世界を切り分け、名前を与えてから使うのが心地よいタイプである。

それでも、見たまま作戦の速度と強さを前にすると、入口は違ってよいのだと素直に思えた。

どちらが優れているかではなく、脳の使い方が違うだけなのだ。

言語学習に「絶対」はない。学習者によって、得意な脳の使い方は異なる。

ルールを重んじる処理方法か、見たままを受け入れる処理方法か。

その違いを観察することで、教え方のヒントが増えていく。

そしてこれは、日本語教育だけでなく、イベント司会の現場で立ち回るときにも通じる感覚だと思っている。

用語メモ:見たまま作戦/ルール作戦

  • 見たまま作戦:ありのままを受け入れる→真似(インプットの量を増やす)
  • ルール作戦:法則や仕組みを知る→運用(インプットの質を上げる)

どちらが優れているかではなく、脳の使い方・好みが違うだけ。指導では学習者の指向に合わせてカスタマイズする。

1行自己紹介

鈴木笑里(すずきえみり)/イベント司会者&日本語教師。相手の思考のクセを見つけると嬉しくなるタイプ。

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