【後遺症が残る熱中症の恐ろしさ】コロナとの共通点あり?経験者が赤裸々に語る

コロナウイルス対策と熱中症対策を両立しなければならない2020年の夏。

そんな中、記録的な猛暑が続いており熱中症で搬送される人が増えているみたいですね。

年々暑くなっていますし、私も熱中症で苦しんだ経験がありますので、他人事だとは思えません。

こんな状況だからこそ、注意喚起の意味を込めて、私が熱中症で入院した際の一部始終を書いてみようと思います。

コロナウイルスも熱中症も、「まさか自分がなる訳ないよ〜」と思う人が多いので、私の熱中症の経験はコロナにも通ずるところがあるかもしれません。

経験者もそうでない方も是非読んでみていただけますと幸いです。

コロナウイルスと熱中症の共通点とは

「後遺症」

「自分はならないという思い込み」

「疲労や睡眠不足による免疫力低下状態でなりやすい」

大きくこの3つの共通点が見出せます。

コロナと熱中症で共通する部分が多いということを頭の片隅に入れて読んでいただけると、もしかしたら共通の対処法も見出せるかもしれません。

熱中症の体験談

仕事の現場まで20分歩くことに

忘れもしない2016年の8月上旬のある日。

鎌倉・由比ヶ浜の海の家にてイベントの仕事の日のことでした。

その日はお昼過ぎからの仕事だったので、9時頃に自宅を出発。

鎌倉駅で電車を降りて、由比ヶ浜まで20分ほど歩かなければならなかったのですが、今思い返すとそれが最悪の事態を引き起こした原因の一つだったのかもしれません。

突如感じた目眩とフラつき

鎌倉駅に着いた直後から体に異変を感じ始めました。

具体的には、めまい、ふらつき、不自然な体のほてり。

前日までそんなに体調が悪かった訳ではありませんでしたが、突然なぜかフラフラして真っ直ぐ歩くことが困難な状態になり、

徒歩20分という距離は果てしなく遠く感じました。

途中でタクシーを拾える状況でもなかったので、意識が朦朧として倒れそうになりながらも何とか由比ヶ浜まで歩きました。

この時点で12時近くになっており、最高気温に近い温度まで上昇していたと思います。

悪環境により症状が悪化

現場に到着してすぐにめまいが強くなってきた為、仕事を開始するまで休ませてもらおうと海の家の救護室に行きました。

その時点では熱中症の自覚はありませんでしたが、

症状を聞いた救護の係りの人が経口補水液OS-1を持ってきてくれて、それを飲みながらしばらく休んでいました。

しかし、その救護室の環境はお世辞にも良いとは言えないようなところで…。

木製の掘っ建て小屋みたいな中に簡易的なベッドと扇風機を置いただけのところでした。。

熱がこもってしまって外よりも暑いと感じる最悪な環境でしたね。

心臓の病気かと疑う程の症状に

そのような環境で体が休まるはずもなく、どんどん気分が悪くなり、しまいには呼吸が苦しくなり立てなくなってしまいました。

座っている体を支えるのもやっとで、壁にもたれかかるしかなかったですね…。

心臓がバクバクしてきて、自分は死ぬのかなと本気で思いました。。

現場入りしてから死を覚悟するまで、この間わずか30分ほど。

歩けないのに救急車を呼んでもらえず

あまりにも息が苦しかったので心臓発作でも起こしてるのかと思い不安になって、

出ない声を絞り出して救急車を呼んでもらうよう頼みましたが、

「最近は何でもかんでも救急車を呼ぶことが問題になっているからそれはできない」と一蹴され

タクシーで病院へ行くことになりました。

おいおい、立てない上にやっとのことで呼吸をしてる人間に対してその対応かよ、死んだら後悔するぜ

とか思いながら、更に30分ほどタクシーが来るのを待ったんじゃないかなと思います。

その間の記憶はほぼありません。

タクシーが来たと係の人が呼びにきたのですが全く力が入らず、立てません。

救護の人2人がかりで私を無理やり立たせ、タクシーのところまで連れて行ってくれました。

その時は全身ぐったりしていて、顔すら上げられませんでした。

病院で検査をしたら血圧が180以上

タクシーに乗ってからは殆ど記憶がなく、気付いたら病院の診察台の上にいました。

そこで血圧と血中酸素濃度を測られたと思います。

血中酸素濃度は問題なかったのですが、血圧は180以上あって自分でも驚いてしまったのを覚えています。

血液検査もされましたが特に問題はなし。ここで初めて「熱中症」と言われましたね、、。

呼吸が苦しかったのは過呼吸を起こしてしまっていたみたいです。

(熱中症が治まった後も、この過呼吸の症状には度々悩まされることになります…。「後遺症」として後述)

そこそこダメージを受けてしまっている為入院が必要と言われ、

すぐに点滴をされて病室へ連れて行かれました。

入院中も動けず

入院が決まってから翌日までは、

病室のベッドでひたすら横になっているしかありませんでした。

力が入らず動く気力もなかったって感じですかね…。

しかしお昼を食べそびれちゃったことで空腹だったので食欲はあり、

病院の味が薄い食事でも非常に美味しく感じたのをしっかり覚えています!

食欲があれば大丈夫ってことでしょうね(笑)。

看護師さんが数時間おきに体温と血圧を測りに来てくれたのですが

ずっと37.5度前後の微熱がありました。

なぜか深夜に再び呼吸が困難に

夜22時くらいからまた体が火照りだして

再び呼吸が難しくなり苦しんだ記憶があります。

それから、急に入院が決まったことで何も準備をしていなかったので

毎日飲んでいたアレルギーの薬も飲めず、夜通し全身の痒みに悩まされました(笑)

翌日の朝には熱が下がって体調も安定したのでそのまま退院し、

フラフラしながら鎌倉の病院から東京へ戻りました。

…というのが一連の流れです。

熱中症の原因になったもの

ちなみに、私はエアコンの風が苦手なので、前日は冷房をかけずに寝ていました。

睡眠不足を感じていた上に、寝起きから少しだるさがあったので、もしかしたら夜のうちに軽い熱中症にかかっていたのかもしれません。

あと、真夏の現場で十何連勤をした後で疲労が溜まっていたのもあったんじゃないかと。

慣れない環境で疲労が蓄積している睡眠不足の状態で、

さらに炎天下の中20分も歩いてしまったことで熱中症が悪化したというのは誰でも想像に難くないですよね。

悪条件が重なってしまうと熱中症になってしまうようです。

コロナウイルス対策でも悪条件が重なると感染者が出やすいと言いますので、ここも似たような部分がありますね。

熱中症になって得たこと

体調的にも精神的にもなかなかキツい出来事でしたが、熱中症になったことで収穫が2つありました。

看護師さんの優しさ尊敬

一つ目は、介護や看護の仕事に就く方の偉大さを感じた、ということ。

仕事とは言え、動けない私に対しても嫌な顔一つせずに優しく接してくださる看護師さんを素直に尊敬しましたね。

、人生が終わったら後悔することはないか考えるキッカケに

二つ目は、「人生の終わり」を一瞬でも考えられたということ。

少し大袈裟かもしれませんが、上手く息ができなくなったことで真面目に死ぬかもと思いました。

その際に、人生に後悔はないか?と自問自答していました。

正直、当時(2016年の夏)は「もう少しやりたいことがあったのに」と死ぬことを嫌がる自分がいました。

人間はいつ一生を終えるか誰にもわからないのだから、

常に悔いのないように生きていきたいなぁと考えることができた出来事でしたねぇ…。

私は奇跡的に軽度の熱中症で済みましたが、コロナで闘病・入院された方は、もしかしたらもっと人生観が深く変わった方も多いかもしれません。

人生を脅かす何かがあると、どうしても哲学的なことを考えてしまいますよね。

4年以上苦しんでいる後遺症について

前述した「後遺症」ですが、

実は今(2020年8月)でも過呼吸の症状に悩まされています。

というのも、4年前に熱中症と過呼吸を同時に起こしてしまったことで、

暑さと呼吸の苦しさがセットで脳に記憶されるようになり

極端に暑い場所では過呼吸のスイッチが入るようになってしまったみたいなんです。。

今ではかなり減ってきていますが、熱中症で入院した後1年間ぐらいは頻繁に過呼吸を起こして大変でした。

(夜中に緊急搬送されたこともありました汗)

そう考えると、熱中症自体よりも、

過呼吸という後遺症の方が厄介だなと感じますね。

まとめ コロナも熱中症も後遺症が怖い!

同じような症状でないにしても、後遺症が残る方も少なくはないと思うので

熱中症を軽く考えないでほしいな、と経験者は思います。

「まさか自分がそんなことになるはずない」と誰もが思います。

しかし、なる時はあっという間です。

どうか少しでも異変を感じたら体を休めてあげてください。

気付いてあげられるのは自分だけです。

後遺症が怖いのはコロナだけではありません。

皆さん熱中症にもご注意を。

まさかの大出費…金銭的負担も恐るべし

最後に。たった1泊の入院で4万5千円くらいかかりましたので、金銭的な面でも熱中症を侮ることなかれ。

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